三嶋製麺所

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この旅をどう締めくくるのか、その問いは筆者だけでなくあのうどんマスターすらをも苦しめていた。
全ては今日のスタート、讃岐の国のキング山越の休業から狂いもつれた糸のせいだった。
それでも咄嗟の判断と冴え渡る直感でここまで筆者はアクシデントを忘れて余りあるほどの満足を感じていた。
しかし先人は言う。
"終わりよければ全てよし"
つまり、
「終わり悪ければ全て悪しってことだよ。さあ、最後どうする?」
筆者は熟考するうどんマスターを急かすように問い詰めていた。
渋い顔で沈黙。うどんマスターは脳内に浮かぶ候補のひとつひとつを吟味し最後のカードを見極めている。
うどんマスターが今日の失態にただならぬ責任を感じているのは明白だ。
だからこそ筆者は最後にうどんマスターを試そうと思っている。
さあ、最後を見事に締めくくって互いに気持ちよく日常に帰ろう。
「あのぉ」その時うどんマスターが重い口を開いた。その言葉は驚きに満ちたものだった。
「最後なんですが、わたしも行ったことがない店に行こうと思います」
なんと!ここでうどんマスターは大胆にも未知なるうどんに最後を委ねるという荒技にでた。
「ど、どこに行こうってんだ‥」ゴクリと唾を飲み込む筆者。
「今回のうどん屋巡りで改めて思ったんですが、やはり製麺所の作る麺は旨いな、と。例えば日の出製麺所」
これは筆者の一番好きなお店。普段は製麺がメインのためお昼の一時間だけ出来たてをその場で食べることができる。
「そして、池上製麺所」
こちらはさぬきのゴッドばあちゃんことルミばあちゃんでお馴染みのお店。日の出ほど限定的ではないがこちらもその場でうどんを提供する時間は限られている。
「つまりですね、製麺所と銘打っているお店に行けばほぼ間違いなくおいしいうどんが食べられるわけですよ!」
「わけですよじゃねーよ!お前最後になってそんな安直な理由で‥」
「いや、違うんです。聞いてください。今から行こうと思っているお店は谷川米穀店の近くにあるんですよ。つまり香川の大自然も楽しめて一石二鳥。はい来た!」
「はい来てねーよ!」
説明しておこう。今の会話に出てきた谷川米穀店とはうどんマスターにとってナンバーワンのうどん屋であり、昨年筆者も訪れてその旨さは確認済みである。そしてなによりこの店をカルト的な人気を誇る名店にしているのがそのロケーションで、市街から遠く離れた山あいにひっそりと佇むその姿はもはや行くことに価値があるといわんばかりに孤独で絶対的な存在をしている。
確かにそんなロケーションでうどんを食えばそれ自体が取り立てて旨いと言うほどのうどんでなくとも不満を漏らすことはないだろう。なぜならあのエリアは行ったというその行為に価値があるからだ。
しかしながらここに来てそんなあやふやな理由で店を決めてもいいものか。
逡巡する筆者。覚悟を固めたうどんマスター。
「三嶋製麺所、行きましょう」
「なに?三嶋製麺所だって?いい名前だな‥」
こうして我々のFinal Destinationが決定した。


三嶋製麺所、この店の魅力を伝えるにはまずこの景色から見てもらうほかない。
山、川、そして空!



この豊かな自然に囲まれた小さな本当に小さなお店にそのうどんはあった。



つめたいうどん


そこに卵をのっけまして。


かき混ぜまして。


もはや言葉にするまでもない圧倒的なビジュアル。
しかし筆者はどうにかして言葉をひねり出したい。
この圧倒的に美しいうどんが見せてくれる圧倒的に美しいうどんの世界を描写したい。
そう思いつつも、筆者は相変わらずこんな言葉でしか思いを綴れない。


このうどんは旨い。


それ以上でもそれ以下でもない。
けれどその言葉にはあなたが見てきた全ての景色を包括する広がりがある。
あなたが今までに抱いた全ての感情を包み込むおおらかさがある。
なにも言わずにただその世界に触れてみて欲しい。