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Exit through the gift shop

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映画「イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ」 10年 英米
監督:バンクシー
主演:ティエリー・グエッタ(ミスター・ブレインウォッシュ)



「モノの価値」はどのようにしてつけられるものなのか。
また、その価値の正当性はどのように担保されているのか。
経済の教科書に則るのなら人々の需要に供給が追いつかないときそれは価値を高めると言えるだろう。
仕組みは単純だ。
アートも例外ではない。
作品への芸術的評価が値段に反映される?まさか。
評価が価値を高めるのではなく、価値が評価を高めているのだ。
それは長い年月をかけて、ときにとてつもない速度で行われる一種の洗脳だ。
権威が後ろ盾をする。メディアが狂騒を駆り立てる。
すると道ばたで眉をひそめられていただけのゴミのような物体が次の日にはクリスティーズで50万ドルのアートに変わる。
およそ芸術的な才能があるとは思えない(少なくとも映像作家としては間違いなく)ティエリー・グエッタが「ただの」ワナビーでないところはストリートアートが行う反復手法の効果を「洗脳」であると見抜き、自分のアーティスト名(ミスター・ブレインウォッシュ)にしたところだろう。
彼の作品の芸術性(もしそんなものが本当にあるのならば)には懐疑的な意見もある(特に同業者から)が、彼の成功の影には純粋なアートへの愛が、理解があったことは疑いようがない。
それがなければ彼はシェパード・フェアリーやバンクシーから彼の個展を必要以上にヒップにさせるコメントは得られなかったのだから。
ブレインウォッシュの活動に隠しきれない感情を抱えるシェパードに比べて、バンクシーのそれは映画からはうかがい知れない。
だが、アートへの評価を始めから信じていない彼の鋭い批評をブレインウォッシュを媒介として描き出していることは明白だ。
今や世界的に注目されるアーティストでありながら反抗のカルチャーとしてのストリートアートから軸をぶらさないバンクシーはだからこそ評価されるべき素晴らしいアーティストだと思い知らされる映画だった。