JIRO DREAMS OF SUSHI

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映画「二郎は鮨の夢を見る」
監督:デヴィッド・ゲルブ



予告編を見てもらえば一発で理解いただけると思いますが、これはもう映画というよりアートと呼ぶに相応しい格調の高さと荘厳さのようなものを湛えた作品でした。
なにより映画に出てくる鮨の美味そうなこと。世界一の寿司職人についてのドキュメンタリー映画なわけですからこの部分に説得力がなければ話になりません。この映画はまずその絶対条件をきっちりクリアしていきます。


作品は「すきやばし次郎」の店主である小野二郎さんの仕事に対する考え方や姿勢を軸に、それを支えるお店の若い職人さんや築地の目利きたちを魅力的に切り取っていきます。
例えば築地でマグロの買い付けをしている仲買人、「次郎」へお米を卸しているお米屋さん、彼らはみな普通の人々です。二郎さんのようにミシュランガイドで何年も連続して3つ星を獲得して世界中から称賛を得ているわけではありません。
けれども映画の中に出てくるそれらの人々がどうしようもないくらいかっこいい。
冒頭のインタビューで二郎さんは仕事についてこう答えます。
「自分の仕事に惚れなきゃだめですよ」
そう。この映画にでてくる男達がかっこいいのは誰もが自分の仕事に自信を持っている、惚れているからにほかなりません。
それがたとえ派手で目立つ仕事でなくても本気で取り組む。真摯に謙虚にそれでいて誰にも負けないという自負を持っている。
そんな姿にぼくは労働というものの尊さや役割のようなものを改めて考えさせられました。


この映画はまた二郎さんと二人の息子さんにまつわる映画でもあります。
偉大過ぎる父親を持つ長男・禎一さんと次男・隆士さん。特に長男の禎一さんは本店である銀座店で常に二郎さんと仕事をしており二郎さんの後継者としての役割を一身に受けています。
幸か不幸か平凡な家庭で育ったぼくに、偉大過ぎる父親を持った子供の気持ちを完璧に理解するのは難しいところです。
そこで「次郎」から暖簾分けをした水谷さんの内も外も知る身としての厳しい目線から出た言葉を引用します。
「二郎さんがいなくなったらお客さんが来なくなることだってありえる」
おそらくそんなことは当の本人がいちばん理解されているでしょうし、だからこそ親父を超えるべく鍛錬を積まれていることでしょう。
直接的にそれらの葛藤を描くわけではありませんが、この映画は昔から神話や英雄譚がテーマにしてきた父親越え、比喩的表現で言うところの「父殺し」にも切り込んでいくのです。
ドキュメンタリー映画はその性格上なかなかカタルシスを意図的に創出することははばかられますし、意図して作ることができるものでもないとおもいます。
しかし!この映画は実に巧みに、実にさらりとそれを成し遂げます。
内容は観てのお楽しみといたしますが、あのとき実は・・・という事実が料理評論家の山本益博氏から語られたときに挟み込まれる「画」!!
このシーンは心でガッツポーズかましましたよ。「次郎」は「二郎」さんが引退されたって大丈夫。そう思わせる一幕でございました。


とにかく見ているあいだじゅう心が動かされるばかり。とても感銘を受けた映画体験となりました。
外国人監督の目線が捉える日本の美的感覚は間違いなく日本人にこそ見られるべきだと思います。
大満足の一本。