朝9時までのシンデレラ 上杉食品

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現在午前8時を少しまわったところ。台風22号の影響で大雨が降る中を車で出かけて帰ってきたばかり。香川県のとあるホテルでわたしはひとりこの文章を書いている。

胃袋にはまだ先ほど食べたうどんの暖かさが残っている。

このうどんは県外から讃岐うどんを求めてくる人たちには少々食べるためのハードルが高い。県内の人にとってもある地域に住んでいない限りそれは同じかもしれないが。

その店の名は上杉食品。今日はこの店について話をしよう。

 

讃岐うどん巡りの醍醐味のひとつに食べるまでの苦労がある。その代表格に谷川米穀店を挙げることに異論を挟むうどん喰いはいないだろう。

あえて言おう。美味しいうどん以上にこのうどん屋を魅力的にしているのは、たどり着くまでの時間の長さとそのロケーションである、と。

うどんでなくてもいい。車でおよそ1時間かけて山あいにひっそり佇む小屋へなにかを食べに行くことを想像して欲しい。さらに着いた先ではすでにたくさんの人が列をなしていたとしたら? もうそれだけでその店から得られるものの半分以上を楽しんだと言っても過言ではないだろう。わたしたちは何かを手に入れること以上に、手に入れるまでの過程をこそ楽しんでいるのだから。

 

そこで今回の主役、上杉食品だ。

この店があるのは香川県三豊市というところ。高松市からは車で軽く1時間以上かかる(下道のみの場合)ため旅行で来ている身にはなかなか脚が伸ばしにくい。

しかし谷川米穀店と違いこの店は民家の連なる普通の住宅地にあり、近くには大きなショッピングセンターもあるなどたどり着くまでの時間を除けば決してロケーション的にトピックになるような店ではない。

 

この店でうどんを食べるには朝の9時までに来なければいけないという点を除いては。

 

香川県のうどん屋の多くが比較的早い時間に店を閉めることは珍しくない。それでもせいぜい昼くらい。

日の出製麺のように限られた時間でしかうどんを食べられないこともある。けれどお昼の時間帯のため行きづらいとは思わない。

 

わたしは以前、お店の名前だけを情報としてこちらへ訪れたことがある。その時、お店は当然閉まっており残念に思ったのだが車へ戻って営業時間を調べて愕然とした。

「これは無理ゲーだろ」

その時に思ったのだ。次回はこの店でうどんを食べることを最優先にプランを立てると。

 

そして今回わたしは三豊市にほど近い琴平に部屋を取り、雨の中車を走らせてさきほどついに上杉食品さんと初顔合わせを果たした。

 

 

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この無愛想な店構えが最高。

 

 

店に入るとお店のお母さんが「おはようございます」と挨拶をしてくれる。

「いらっしゃい」ではなく「おはよう」

そりゃそうだ。なんせこの時まだ朝の7時過ぎなんだから。

お母さんに「かけの中」と頼むと、隣りにいたうどん職人と思しきお兄さんが「あいよ」と言いながら奥へ消えた。

わたしは席について店内をひとしきり眺めてみる。長机が数台と椅子が20脚ほどだろうか。壁には色紙が貼られている。地方テレビ局のレポーターさんのものが目についたがいくつか歌手やタレントのものも散見された。

 

しばらくすると目の前にうどんが運ばれてきた。

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ネギとしょうがは初めから入っている。

麺をすするとツルツルと喉を滑るように流れ込んでくる。少し硬めの麺はモチモチで歯ごたえもいい。美味しいと思わず声が出た。

汁を飲んでみると、思ったほどいりこのダシは感じなかったがクセのない優しい味が早朝の胃袋にはありがたかった。

 

念願の上杉食品訪問を終えてみて思うことは、気楽にうどん屋巡りを楽しみたい人には坂出を中心とした名店を回ることをオススメする。

しかし、それらの有名店はあらかた行き尽くしたという人であれば今回のわたしと同じように上杉食品さんを最優先にプランを立ててみて欲しい。

たどり着くまでの時間と景色。静かな朝に一杯のうどんを楽しみに車を走らせるこの贅沢さ。うどん巡りを始めたころのあのワクワクを取り戻すこと請け合いだ。