映画『グローリー 明日への行進』(原題:Selma)の感想というか予習復習

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"I have a dream"のスピーチで日本でも広く知られるマーティン・ルーサー・キング・ジュニア(以下:キング牧師)がアメリカ黒人の投票権を求めて闘ったセルマの行進を描いた映画『グローリー 明日への行進』を観ました。

 

日本版公式サイト

映画「グローリー -明日への行進-」公式サイト

 

音楽の力が強く印象に残る映画でした。

今年のオスカーで主題歌賞を受賞した『Glory』の話は後にするとして、劇中で歌われる大変印象的な1曲が『プレシャス・ロード(原題:Take My Hand, Precious Lord)です。

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寡聞にして知らなかったためちょっと調べてみたのですが、この曲はキング牧師がお気に入りのゴスペルで公民権運動を筆頭にあらゆる場面で民衆を奮い立たせる曲として使用されていたようです。

その際にシンガーとしてキング牧師から依頼を受けていたのがマヘリア・ジャクソンという女性歌手で、彼女(演じたのはLedisi Young)は今作でもこの曲をキング牧師に歌って聴かせます。長く続く差別との闘いで疲れたキング牧師の精神を慰撫する霊性的な曲と歌声にこちらも感じ入る素晴らしいシーンは必見です。

 

ただ、このシーンが上記のエピソードに馴染みのない日本人には少し分かりにくくて、というのもそのシーンの直前の流れが以下のようになっているのです。

 

・ジョンソン大統領とFBIのエドガー長官が大統領執務室でキング牧師の不倫について密談。

キング牧師の家。夫婦仲は険悪で奥さんのコレッタはキング牧師に塩対応。ベッドを共にすることも拒否し先に寝てしまう始末。

キング牧師しょんぼり。で、夜中にどこかへ電話。電話の先は黒人女性で、起こされた彼女は隣で寝ている旦那にバレないようこそっと他の部屋へ移動。

 

以上の流れからてっきり電話先の女性がその不倫相手なのかと思っていると、とつぜんその女性が受話器越しに『プレシャス・ロード』を歌い出すではありませんか! 

曲の良さ、歌唱力の高さもあってすんなり聴き入ったのは確かですが、脳内を大きな【?】が占拠していたのもまた事実。

その真相はと言えば、そう、彼女がマヘリア・ジャクソンだったのです。

キング牧師とマヘリア・ジャクソンの親交を基礎知識として持っている人であれば一切のノイズもなく彼女の歌う崇高な曲を堪能できるのでしょうが、そうでないと困惑しかねません。

観に行かれる方は以上の事実を踏まえてご覧になると良いかと思います。

 

そしてアカデミー主題歌賞受賞の『Glory』です。

ラッパーのコモンとR&Bシンガーのジョン・レジェンドによる問答無用の名曲で、この映画の精神をわずか数分でこれ以上ないくらいエモーショナルに表現しています。

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オスカーでのパフォーマンスでは曲前にオスカーとキング牧師の因縁のようなものも語られます。

曰く、47年前にオスカーは史上初めてのテレビ中継延期を決断した。その理由は技術的な問題ではなくセレモニー4日前に凶弾に倒れたキング牧師に敬意を表してだった、と。

それから長い年月を経てキング牧師を真正面から描いた初めての長編劇映画が作品賞にノミネートされ、キング牧師に捧げられたこの曲が主題歌賞を獲得したのだから、なんとドラマチックなのでしょう。

 

さらに心を打ったのはオスカーを受賞したコモンとジョン・レジェンドのスピーチです。

コモン「まず、私たちと共に生きてくださる神様に感謝を。先日ジョンと私はセルマに行き、キング牧師たちが50年前に行進したのと同じ橋に向かいました。この橋は、かつてはこの国を南北に分かつ目印だったが、今は変化の象徴です。この橋のスピリットは、人種、ジェンダー、宗教、性的指向、社会的地位を一変させました。この橋のスピリットは、よりよい人生を夢見ているシカゴのサウスサイド出身のこの私を、表現の自由のために立ち上がっているフランスの人たち、そして民主主義を求めて闘っている香港の人たちとつなげてくれた。この橋は希望によって作られ、同情によって溶接され、全人類への愛によって高く架けられるのです」 (bmr.jpの記事より引用。http://bmr.jp/news/129597

 

さすがはコモン! と膝を打つ詩的かつエモーショナルな名文です。このオスカー当時はフランスのシャルリー・エブド事件や香港での学生座り込みデモなどが世間を賑わせていたため、それらへの目配せもされています。

 

そしてジョン・レジェンドは以下のようにスピーチしました。

「ニーナ・シモーンはかつてこう言っていた。いま我々が生きている時代を反映させることは、アーティストの責務であると。私たちがこの曲を書いた映画は、50年前に起こったことを基にした作品です。しかし、『Selma』に描かれていることは今も起こっている。公正を求める闘争は今まさに起こっているからです」

「自由と公正を求める闘争は現実のものです。私たちは世界でもっとも投獄される国に住んでいます。1850年に奴隷にされていた人たちよりも、さらに多くの黒人が矯正施設に入れられているのです」

私たちが伝えたいのは、私たちの曲と共に行進するとき、私たちはあなたたちと共にあるということです。あなたたちを愛しています。そして行進を続けましょう。神のご加護を」 (引用元:同上)

 

ニーナ・シモンについてはこちらで確認ください。ちなみに彼女は映画の本編でもしっかり名前が出てきます。

miyearnzzlabo.com

 

ジョン・レジェンドのスピーチの肝は【映画で描かれたことはまだ起こっている】ということでしょう。

アメリカでは未だに、どころか最近になってさらに 有色人種への不当な扱いが目立っているような気さえします。

ミズーリファーガソンのマイケル・ブラウン、ニューヨークのエリック・ガーナー、そしてつい最近もテキサスでこんなことが起きています。

tamenal.com

 

映画『グローリー 明日への行進』は映画として完成度が高い作品なだけにボクが危惧することは、これを観て感動し、さらにはちょっといい気分になって終わる人が多数を占めるのではないかということ。

キング牧師は、その後暗殺されると字幕説明があるにせよ、賛同者たちと勇敢に闘い、それに心打たれた白人たちまでをも引き込んで大きな成果を上げました。そのカタルシスは件の主題歌の効果もあって本当に凄まじいです。まるで全ては丸く収まったという錯覚すら感じてしまう。

だからこそ、そこで止まっていはいけない。まだなにも終わっちゃいないという現実に目覚めることがキング牧師への一番の追悼になるように感じています。

 

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本文から漏れた感想aka与太話

 

・主演のデヴィッド・オイェロウォは映画『大統領の執事』では大統領に仕える父親に反発しブラックパンサーの活動に共鳴。過激派組織の一員として活動するメンバーを演じてましたね。って本作とまるで正反対!!

 

・登場人物たちのその後を字幕で表すエンディングも、その内容も、同じく差別と闘った黒人初のメジャーリーガー・ジャッキー・ロビンソンを描いた『42』と似ていてちょっと笑えた。特に差別をし続けた人間たちの末路。歴史を軽視するものは歴史に笑われる。

 

・ちなみに『42』では白人の子供が自分の父親がジャッキー・ロビンソンに差別的なヤジを飛ばすのを観て真似しだすというシーンが印象的だったが、『グローリー』の中でも差別が蔓延する構造の根底にあるものとして同じようなことが言われていた。【人の振り見て我が振り直せ】って言うけど親と子の関係性はそうはいかないんだろうなあ。

 

 

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