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FLOW: For Love Of Water

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映画「フロウ 〜水が大企業に独占される!〜」
監督:Irena Salina(イレーナ・サリーナ)


日本人なら誰もが当たり前のようにきれいな水が身近にあると思っている。しかし世界に目を向けてみると、8秒ごとに子どもが汚い水を飲んだことで死んでいる…。アメリカの大企業がインドで水を取り込んでびん詰めして売っている、現地の人々は地下水位の低下に悩み訴訟に発展している、などなど、当たり前と思っている水の裏側を追ったドキュメンタリー作品。
from 松島・町山 未公開映画際HP


「あの太陽は私が所有しているのだから、日光の下を歩くときは料金を払ってもらう」
誰かがとつぜんこんなことを主張したらあなたはどう思うだろうか。
「ああ、ちょっと頭がおかしくなってしまったんだな」とまともに相手をすることはないだろう。
しかし、本当にあの太陽が彼のものになってしまっていたら?
ここまで常識外れで無恥な事態は起きないと思う(起こらないと願う)が、それに近い信じられない理論がまかり通っている世界がある。
どこかって?ここ、われわれが生活している地球だ。

  • 愛のない人生はよくあるが水のない人生は皆無だ- W・H・オーデン


人間の体の70パーセント以上を占める水。
愛がなくても、食べるものがなくても(ある程度の期間であれば)生きていけるが、水分だけはきらすことができない。
命の根源。それが私利私欲で汚されている。
なぜか?水は金になると考えた人がいるからだ。
ウォーター・バロン(水男爵)と呼ばれる一部の企業によって今や世界の水道は寡占状態。
水道は公的なサービスというのはもはや世界を見回しても特異な社会制度になっている。
背景には「神の見えざる手」を信奉する新自由主義の勃興がある。
政府は市場に介入するな。全てを民間に託せ。
その結末が自然の恵みであるはずの水に誰かが勝手に所有権をつけて、売りに出されるという状況だ。
われわれ人間には実感し難い壮大なサイクルで循環している水。
その循環の間に突然工場が建築されて、水が吸い上げられていく。
今まで無料で飲めていたはずの水がボトルに詰められて売りに出される。
「汚い水道水は飲めないから仕方ない」と言う人もいるだろう。
ボトルの水は綺麗だ、という根拠はなんだろう。現に一部のボトルウォーターからもバクテリアや有害物質が検出されている。


「社会的共通資本」という概念がある。経済学者の宇沢弘文氏が使い出された言葉だそうだ。
人間が”共同的に”生きていくためには不可欠な自然環境(大気、水、森林など)、社会的インフラストラクチャー(道路、交通機関など)、制度資本(教育、医療、司法など)を差している言葉だが、人間が最低限の”文化的”な生活を送るために必要なこれらの仕組みを金儲けの手段にしてしまうことの恐ろしさはこの映画を見るだけでよくわかる。
ポイントは”共同的””文化的”に生きるということだ。
その日に飲む水さえままならない人々から水脈を奪い、それを売りに出すという行為が正しいとわたしは嘘でも言えない。



社会的共通資本 (岩波新書)

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