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日の出製麺所

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ゴゴゴゴゴ‥。
男は体の震えを抑えることが出来なかった。
決してそれはうどんの食い過ぎでトイレに駆け込みたかったからではない。
「ついにこのときがきた‥」
それは一年前。今日の様に透き通った空が印象的な暑い日のことを今でもはっきりと覚えている。
出会いはさぬきうどんの様にコシがあり、万能ネギのようにピリ辛だった。
というよりもそれはうどんそのものだった。
「昼の一時間しか開かないうどん屋がある」
その話を聞いた瞬間から男は何か特別な予感を感じていた。
"俺とお前、すごくイイはずだぜ"
予感は現実になった。
男がそれを口に含み、それが男のなかで身をよじらせた時、そこにあったのは紛れもない交歓の契りだった。
「あれから一年か‥」
男は流れ行く車窓に目を遣りながらそれに再会したらどんな言葉を送ろうか考えていた。
「きれいに、、、キレイになったね」うーむ、すこしキザか。
「またお願い出来るかな?」いかん!目的がはっきりしすぎだ!
そんななか隣ではのっぺりした顔の男がのっぺりした考えでのっぺりした言葉を吐いた。
「日の出の女将さんは美人なんですよぉ」
‥‥‥夢想終了!


日の出製麺所である。
好き者であればその名を聞いただけで脳内に快楽物質のエンドルフィンが大量に分泌し、しばらくは多幸感に満ちた表情を浮かべて怪しく微笑み続けてしまうほどの破壊力を誇るうどんを食わせてくれる。
しかし本業は製麺であるためにその場でうどんを食えるのは11時半ごろからわずか1時間しかない。
当然そこを狙ってうどん行脚のスケジュールを立てる人は多く、並ばずに食べようなどとは夢の中でさえ考えてはいけない。例えそこが第二層、第三層の夢であったとしてもだ(インセプション参照)。
今回我々は週末の日の出訪問ということで万全を期して開店一時間前に到着した。
それでもすでに20名近くの好き者たちが列を成していた。
行列の出来る店名物、日よけ用傘。決して日傘ではない。


開店予定時間前までおよそ30分というところでお店から女将さんが登場。
うどんマスターの言う通りエキゾチックな顔立ちをされている。
その女将さんが慣れた様子で前もって注文を確認すれば、こちらのテンションは厭が上にも高まっていく。
筆者のオーダーは言うまでもなく大盛だ。
女将さんが店の奥へ戻ると、硝子戸の向こうでは店員さんが席の用意を開始した。
今朝方から既に3杯のうどんを平らげている筆者だが胃袋はいたって快調。
むしろ腹が減って困るくらいだ。
さあ、来い。


ひやかけ。


世にうどんと名のつくもの数多あれど、麺そのものからここまで芳醇な香りと甘みを楽しめるのはここだけではないだろうか。
その硬さ、艶やかさ、色や形のどこを切りとっても賞賛の言葉しか思い浮かべられない。
敢えて言うとダシ汁に少し旨みが欠けるきらいはあるが、それもこの麺を味わうための演出と考えれば問題にはならない。
むんずと麺をつかみ取りそれを飛び切りの音を立てながら勢いよく吸い込む。
その原始的な行為にこの時ばかりは没頭しようではないか。
握り締めた2枚の100円玉にとてつもない重みを感じながら筆者は店員さんにこう告げる。
「ごちそうさまでした。大盛です」
「はい。それでは200円です」
チキショーーーー!!安すぎんだよ!また来るからなーーーーー!!!