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安藤裕子/歩く

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デビュー直後からしばらく追いかけていて、一度ライブに行ったらなぜか興味を失って今に至るのですが、新曲がとても素晴らしくて。


僕が聞いていたのは2ndアルバムまでで、それ以降はアルバムはもちろんシングル曲もほとんど聴いたことがありません。
その耳でこの曲を聴くと、もう驚くほどにフィジカルが強靱になっているんですよね。
安藤裕子さんの初期の代表作に「隣人に光が差すとき」という曲があります。


デビュー当時の彼女は持って生まれた天性のポップ感(当然ビジュアルのよさを含む)をアーティスティックなフィルターに通すことで歌手としての立脚地を作り上げていったと僕は思っていて、その演出の巧みさを味わうことも含めての安藤優子体験でした。
しかしその当時にあってこの「隣人に光が差すとき」という曲はとても生々しく彼女の感情が剥き出しにされた作品で、演出のないガチなバウトは少なからず僕を戸惑わせました。
楽曲の良さを否定する気は毛頭無いし、アーティスト安藤優子としてはとても大切な作品なのだということはわかっていたけれど、その情念の量が大きければ大きいほど本来は付随するべき肉体の不在が気になって仕方なかったのです。
わかりやすく言い換えるとポップじゃなかったんですよ。
そしてその後2ndアルバムを経て、シングル「The still steel down」を発表したタイミングで行われたライブにおいて僕は生で「隣人に光が差すとき」を聞いたのですが、やはりしっくりこないものを感じて気がつくと彼女の楽曲を聴くことがなくなっていきました。


今回の新曲「歩く」も下手すれば「隣人に〜」同様、情念で歌い上げて完結してしまうタイプの曲です。
なのに今作はしっかりとポップスとして機能しているから素晴らしいと思ったのです。
僕が聞いていた頃のようなポップとアートを不安定になりながらも両立させようとしていた安藤裕子さんも好きでしたが、今のガチでポップスのリングに上る強さと覚悟を身につけた彼女こそ傾聴に値すると言えるでしょう。


そして調べてみるとなんと、9月8日に発売になるアルバムのタイトルが「JAPANESE POP」
どんだけ強いのよ。必聴。