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Hey, Jude 田中森一著「反転」を読んで

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いつもより早い時間にセットした目覚まし時計にも従順だった。起きたら濃いめのコーヒーを飲んで、椅子に腰掛けてページを手繰る。電車の中でも、仕事の休憩の間も時間が許す限りはページを手繰った。そうしてページを手繰る手は止まることを知らなかった。「反転」を読んでいるあいだ僕の生活そんな感じだった。
イスカリオテのユダといえば背徳の象徴として歴史にその名が刻まれている。人類は2千年近くも彼をキリストを売った悪役として認識してきた。彼が犯した行為のその事実は変わらない。しかしその内実はどうだろう?2006年にナショナルジオグラフィック誌が明らかにしたユダの福音書によればユダの背徳行為はキリスト自身が主導したものであるというのだ。キリストは自身の教えを後世に伝える手段として自らを犠牲にすることを選んだ。そしてそのためにユダに言って自分を売らせたというのだ。つまりユダは自ら悪役になることと引き換えにキリストの教えを広めようとした。彼自身も立派な殉教者なのである。この事実は多くのキリスト教信者から見れば到底受け入れられるものではないだろう。しかしユダによってキリストの教えがその階段を一つ上ったこともまた事実である。
田中森一氏は元・特捜検事として、さらにはヤメ検弁護士として様々な犯罪に接してきた。その中で様々な経験をした氏は次のように述べている。

極論すれば、犯意なんてどっちにもとれる。
                    「反転」P.203

特捜検事時代、氏が挙げようとした事件には様々な形で横槍が入りうやむやなままで立ち消えになったものがいくつかあった。横槍とは往々にして上からの圧力なのだが、それでは何故正義を標榜する検察が悪事を握りつぶそうとするのだろうか。それは検察が裁判官とは違い独立した一つの力ではなく、あくまで行政の一機関でしかないからだ。つまり検察の正義とは時の政府にとっての正義と言い換えることができる。
平和相互銀行事件・三菱重工CB事件・苅田町事件これら3つの事件はそうした理論に基づいて始末がつけられた。名もなき小物達が体制を守るためのスケープゴートとして断罪された。彼らは確かに不正を働いただろう。けれども国家がそんな闇を食ってここまできたこともまた事実だ。であれば僕がそんな彼らにユダの姿を投影してしまうのは不謹慎に過ぎるだろうか。僕はそうは思わない。何故ならこの本は歌っているのだ。時代の波に翻弄されたユダへの鎮魂歌を。
怪著である。読め。

反転―闇社会の守護神と呼ばれて (幻冬舎アウトロー文庫)

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